最近、江原啓之氏、細木数子さんとか、青森の神様と呼ばれている木村藤子さんという方々が、世相を一層反映してか、頻繁にマスコミに登場しているけれども。
そもそも、信心深くもなければ、霊の存在などましてあり得ないと思っていた自分も、実の娘が霊を見たり、その存在を感じる、ということが幾度かあって、さすがになんだろう、と思うようになっていることは事実だ。
細木数子さんの場合は統計学的な意味合いが大きいものであるのだろけれども、彼女も含めて、その世界の人たちが口にする唯一共通する言葉が、『供養』というものであることに気付いた。
「供養してください」「供養が足りません」
この解釈は、亡くなった方々は、肉体こそないけれども、魂はちゃんと生きている、ということの上にしか成り立たないのではないか。
だから、現世の人間と同じで、放って置かれると淋しくなる、淋しさが高じると、存在に気付いてもらいたくなる・・・。
でも、どうやって気付いてもらえるかは、その霊が現世の人間にいいことをしても気付かない。だから、霊障と言われる形で表現をするのか・・。耐えられなくなった現世の人間は、その道の人に相談に行く。すると、
「誰々さんの因縁が来てます・・・」
「供養不足です。供養してください・・・」
そうすると、霊の側からすると、
「やっと私に気付いてくれた・・・」
ということではないだろうかと思ってみたりする。
「成仏」という言葉にしても、仏に成ると書くけれども、本来は天国にいるはずが、供養が足りないばかりに、淋しさゆえに天国から降りて来て、心穏やかではない状態を
「成仏していない」
と表現するのではないだろうか。
あくまで素人の考えはこの程度なんだろうし、宗教で表現するところの「死」に対する考え方も宗派によって色々だとは思うけど。
実際、どうなんだろう。知らぬが仏か・・・・。
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